牛肉が好きなKohtan・的場氏のコラム

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牛肉党と豚肉料理

Kohtan・的場

豚ロース 写真私は牛肉党である。牛肉は旨い。
あの霜降りを見よ。熟成の肉色。
誰が何と言おうと、肉はビーフ。
である。

豚肉をミディアムレアで食べるのは難しい。(注)
豚の刺身はありえない。
豚には肉食の醍醐味にかけるところがある。
まず大体、映画「ベイブ」を見た後でトンカツを食べる気になりますか? (あ、論理の破綻だ)
おりこうさんで、清潔好きで人なつっこい、あのかわいい仔豚チャン。
「ヘーキだよーん」……それは失礼しました。

これ以上、牛肉党の「食見」を主張すると「肉食権離脱」を迫られそうだからもうやめます。実際のところこのごろは豚肉のあっさり感に負けてしまうことのほうが多いし…でも「豚肉について書け」といわれるとなんとなく天邪鬼が頭をもたげるのです。

ごめんなさい。



生姜焼き用豚ロース 写真豚肉料理は、それぞれに理由は違うがユダヤ、イスラム、ヒンドゥー教圏で食さない以外、ほとんどの地域で愛されてきた。
日本でのそのはじめの記録というのは古事記に「猪養」「猪飼」の記述があり、おそらく現在の豚ではないと想像できるが、かなり古くより「猪系」を食する習慣はあったのだろう。しかしながら、仏教の肉食禁止思想の影響もあってあまり飼育されなかったのはご存知のとおり。
ただ、ものの本によると沖縄・奄美地方は例外で中国から伝来した養豚技術により室町時代中期あたりから日常的に食していた記録があるという。明治以降はもう肉食奨励で世はがらりと変わったが、ここでもやはり牛肉が主たるもの、豚肉は明治の中ほどからの普及といわれる。

さて豚肉の料理をここで挙げる愚は避けたいところです。第一そんなことをすればここで「かわいい豚ちゃんをおいしく食べる方法」という本を一冊書かなければならないほど多種多岐にわたるからです。それでも、しかし、代表的な料理名を挙げておかないとどうにも口さみしいし、話が前に進みません。

とんかつ中華代表選手「酢豚・パインナップル」米国代表「ポーク&ビーンズ・トマト味」伊太利亜代表「ポルコピッカータ・トマトソース」いわゆる洋食代表「ローストポークまたはポークチャップ・アップルソース」、和洋折衷選手代表「トンカツ」&その従兄弟の(だんだん怪しくなってくるが、ご勘弁)「カツ丼」、そして日本家族団欒代表「トンしゃぶ・ポン酢または胡麻ダレ」、寒い夜には、いや暑い夏こそ「豚汁応援団」で汗をかき、ラーメンチームには「チャーシューまたは煮豚」が付き添いをつとめ、鉄板のリング上では「豚玉・お好み焼ソース」選手がカツオ節と青海苔まみれで奮闘、そして極めつけは九州沖縄サミットで「らふてー:豚の角煮沖縄風」が代表選手に選ばれたに違いないことです。

もうお分かりですね。豚肉には奥歯が「じんわり・ぎゅーん」とする味付けが似合います。もっといえば「はぐきにまで味が渡る」味付けです。品種改良によって肉質はますます淡白になり、滑らかで、かつ加熱すれば繊維がくずれて食べやすく、それ故に「じんわり・ぎゅーん」とからみつくような味が相方としてふさわしいのであります。それはフルーツであったり、濃厚または酸味の利いたソースであったり、醤油と砂糖の絶妙さであったりします。

それらの豚料理の味は、今から15年位前、丹波は星空の山中で、トンガの人たちと一緒に土中にうめるあの「仔豚の丸焙」をしたとき、おろしたてだったスイス製のバックスキンの靴を熱々の肉汁といい香りのする脂でオシャカにしてしまった恨みを忘れさせるほどです。私はその豚肉の味を覚えていません。火の見張り番と酒を飲むのに忙しかったし、料理を始めて4時間ほど経って土から豚肉を「収穫」したときに当時の月収の三分の一ほどする靴がパーになったのですから。

思えばあのとき牛肉党になったのかしらん。でも人は年を重ねます。豚肉にはヴィタミンB1が他の肉より10倍はあると聞けば、自分で調べたこともないのに、やっぱりその誘惑には勝てません。そしてなにより今は家族と食べる「トンしゃぶ」と「冷・トンしゃぶ」です。いっぱいの野菜とさっぱりとした口あたりが、タレの「じんわり・ぎゅーん」と一緒になって、今はもうスリッパの役目も終えてどこかで眠る「恨みの靴」の記念写真を見ても後悔がありません。むしろその時の多くの知友たちを思い出して屋上にあがり星空と一緒に缶ビールをやるのです。

(注)有鈎条虫などの寄生虫の心配があるのでよく加熱調理することが大切。
(C) Kohtan 的場
花火の写真