前回のコラムにも沢山のメイルを頂きました。ありがとうございます。
二日がかりでたいらげたとおっしゃる男性の「根菜と牛肉のスープ」かくし味の醤油が決め技のようです。
あいづちを打ちながら読んで「微笑」のプレゼントを下さった方、ありがとう。
定番が「オックステイルの白ワイン煮」…ナヌ!!シェリーとブランデーでフランベして煮込むなどと、コシャクにしてゼーを尽くしたレシピ…ユルセナイよなあ。食べる前にごっそりなくなっても当たり前でしょ。
「うちの嫁は丹波屋のレシピをどう読んでるんダロ…」なんて心細いお便りには私が微笑んでしまいました。
又、番外:「残った煮込み料理をどうするか」には
F:冷凍しておいて、思い出した時に食べる」というのを頂きました。この方は「勿体ながって食べてると太っちゃうのが問題です...」とのことですが、それは摂理ですから諦めて頂く以外にないようです。
それから前々回のコラムについてのご指摘。「キムチチゲ」は「キムチ鍋」のことなのだから「韓国のチゲ鍋=韓国のナベ鍋」になるではないかという内容、ありがとうございました。只、韓国の代表的な「鍋」というくらいのつもりで使ってしまいました。ごめんなさい。
そして今年も春がやって来ます。奈良東大寺の修二会(お水取)が済むと近畿圏は大体暖かくなりだします。京都の知人に云わせると「まだまだ〜京都は冷えるんどすエ」とのことですが、私の経験で云うと奈良西域で初ウグイスを聞けば日本南域で春一番です。
その頃になるとちょっとウズウズしてきます。大阪の町は大相撲ですし、近郊沿線は春休みの子供連れで電車が喧しくなって――これには耳栓で対抗しますが――何かしら色が立ってくるのです。
でもほんのちょっぴり寂しい気分になるのもこの季節です。
それは私がもう少年でないこともありますが、少年であった頃のことを語ってくれる人が一人ずつ減ってゆくことの方に原因があるのかも知れません。
家は客商売でしたから母たちは毎日が戦争のようなもので学校行きの朝食は握り飯と砂糖湯で走り出した記憶が強烈です。
半ドンで帰って来た遅昼は早いめに揚げてあるトンカツとキャベツの千切り――決してコールスローという代物ではない――とにトンカツソースをたっぷりかけて冷やごはんといっしょにかきこむ。そして夜半、ひもじくなれば発売間もなかった即席ラーメンに湯を入れて下敷でフタをして3分間待ちます。当然下敷はブリキからセルロイドへ移行していましたから反ってしまってノートの下では使いものにならなくなります。誰もがインスタントラーメン専用の下敷をもっていたような気がするけど、これは私の思いこみだろうか。
春がちょっぴり寂しいのは、そのラーメンを箸がわりのエンピツで食べたのを思い出すからでもありません。
電車で春休みの家族をみてうらやましくなるからでもありません。
春は命の芽ぶく時です。だから寂しいと感じるのは錯覚なのです。芽ぶく命は成長してなくなることになっています。そういうあたりまえのことを知る為に自然の中へ人は野遊びに出ました。
蕗のとうを採ったり、野びるを採ったりして街家へもち帰り、料理をして恵みに感謝したのです。その感謝を伝える人がだんだんこの世を去ってゆくことが寂しいような気がするだけなのです。
若い時に「ありがとう、おいしかった」と云えなかった、あるいは恵みというものが今、ひとつ判っていなかった。そういう自分の未熟に対して寂しいのかも知れません。
どんな食べものでも、無駄にせず、慈しんで頂く、感謝する。「勿体ない」。太っちゃっても仕方ありません。
ひとつ 詩を紹介しましょう。
この家は春であるどんな食事でも不足はない
菜原にいると思えばいい
いつも一人で皆と一緒
この家は里星である
たとえ戻り寒がふぶいても
厳しい顔つきで帰って来ても
いつも一人で皆と一緒
この星がピクニックである
なじみの味がひとこと、ふたこと
天空 みわたす
皆と一緒がひとり に伝わる。
ではまたおいしいお料理のお話でもしましょう、とのたまうKohtan・的場でした。
